5/09/2009

ロボカップに行ってきた

どうもJudaです。
今日は京セラドームで開催されているロボカップの観戦に行ってきました。
一言でいって、ワンダーランドです。


ロボカップなので出てくるロボットは基本的に自立型が多いです。一部中型よりも小さいものは、その機体サイズの制約として、視覚に相当するセンサを外部に持っているものがありました。
特に中型の中央の司令塔があるタイプのロボットは楽しそうでした。大型機のほうは、制御が難しいらしいのか、まともに動いているところをみることができませんでした。2.1mの巨大二足歩行ロボットもいたのですが、タイミングの関係で動いているところは見れませんでした。残念。

とりあえずロボットの制御などの問題は、下のレイヤでは画像処理、上のレイヤでは指揮指令の問題があるとおもった。後者は人間の世界でも同じです。ただし前者は人間と同じように考えているだけでは限界があると思います。

その理由は、人間の情報処理方法と機械の情報処理方法との間に大きな違いが見られるからです。まぁ単純に言うと人間は類似→同一、機械は同一→類似の処理が簡単だということです。これが非常に重要。実世界では同一などありえません。類似の制約度が高くなった程度しかありません。1つ、汎用的な属性を挙げるなら、エントロピーぐらいしかないのです。

前述の違いゆえに、機械に高速に処理をさせるためには処理に適した情報を準備してやる必要があります。この準備に関しても、人間が調整して機械のために準備しなくてはいけません。これを簡略化するために遺伝的アルゴリズムなども利用されますが、そのアルゴリズムで考慮するパラメータも事前に人間が用意します。

…こんなことばかり言うと不可能のように見えますが、この問題が解決するならば、可能になります。問題点が特定されているのか、どうかということは試行するときの大きな目安になります。そしてまだ救いがあるのが、これが論理的に、あるいは哲学的に完全に否定されていないことです。ただ人工知能を作り上げることに関しては、もう相当に分が悪いです。処理機構の抜本的な変革がないと無理です。

あとこれに付随してCAN(Car Area Network)通信のようなデバイス間で中枢を経由せずに調整をするような機構の開発が次のブレイクスルーになるのかもしれません。この調整機構は「無意識」に近いので、ちょっと面白いと思います。

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